エコムインタビュー

エコムインタビュー
第2回 結城 昌子さん
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お待たせしました。
エコムインタビューの第2回目は、福音館書店『母の友』編集長の福永牧子さんです。
ご自身も3人のお子さんを育てながら、雑誌『母の友』の編集長を勤め、働くお母さんでもある福永さん。『母の友』の編集を通じて見えてきたもの、時代とともに移り変わってきた子育てや変わらないもののことなど、いろいろなお話をお聞きすることができました。
お話を聞きながら、「そう、そう、そうなのよっ!」と、思わず心の中で何度も膝を打ちました。
インタビューをしていることを忘れてしまうくらい興味津々でお話をうかがった1時間でした。
福永牧子さん
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タイトル
創刊50周年を迎えた『母の友』ですが、生まれたきっかけは何ですか?
福永: 戦後まもなくのことですが、これからの時代、子どもの教育というものをきちんとやっていかなければならないという風潮が出てきました。子どもについての研究書や育児本は、当時もたくさん出ていましたが、忙しいお母さんたちは、なかなか手にとってみることはありません。忙しいお母さんでも、ちょっと見てみようかと思わせるような本を作ろう、というのが『母の友』の生まれたきっかけです。
『母の友』というネーミングが、とてもユニークですね。名は体を表すというか。初めから今のスタイルをとっていたのですか?
福永: 母の友いいえ。最初は短いお話が1ページに1つづつ載っている雑誌でした。お母さんが子どもにお話を聞かせてあげる、ということから始めようと思ったのです。お話を聞かせることが子育ての基本、というように考えていました。短いお話なら、忙しい中でも読むことができますしね。『母の友』という雑誌は、もともとは読み聞かせのための雑誌だったのです。それプラス、教育関係者の「ためになるお話」や「子育てのアドバイス」が少し載っていました。
それが今のスタイルに変わったのは、どういうきっかけですか?
福永: しばらくして『母の友絵本』という、子どものための月刊絵本を出し始めました。やがて『こどものとも』というタイトルになりましたが、最初はぜんぜん売れなかったのです。それがサンケイ児童出版文化賞をいただいて、それからですね、立ち直ったのは。世界傑作絵本などの翻訳ものも単行本で出すようになって、軌道に乗り始めました。それで、お話という意味ではもう『母の友』に頼らなくてもいいのではないかと、『こどものとも』にまかせようということになりました。
それ以外の部分がだんだんふくらんできて、やがて大人のための雑誌になっていったわけです。
創刊当時と今とでは、読者であるお母さんたちに違いはありますか?
福永: 基本的には、あまり違っていないと思います。もちろん、社会的背景の違いや、家庭での母親の位置関係の違い、食べることで精一杯だった時代と家事も楽になり豊かになった今の世の中では、感じることも苦労も違うと思います。
当時のお母さんにとっては悩みだったことが、今では何でもないこともあります。
逆に、当時のお母さんには考えられないようなことで、今のお母さんが悩んでいることもあります。
食べることにカツカツで、子どもの数も多かった時代のお母さんと、子どもの数が減り、生活が豊かになったぶん、子どもの将来のことや成績のこと、子育てだけに目がいきがちな今のお母さんたちとでは大きな違いがあるでしょう。
けれども、子どもをどう育てるかという、基本的な子育ての悩みというのは変わっていないと思います。
昔の『母の友』にも、「今のお母さんたちは、子どもをちゃんと叱らない。自分に自信がないのか」なんていう投稿記事が載ってたりしますから(笑)、そういう記事は、いつの時代にも繰り返し、出てきます(笑)。
そう思うと、今も昔も、初めての子育てに不安を抱える母親というのは変わっていないのだと思います。
子どもはどうでしょうか?
福永: 特に小さいときに言えることですが、よほど異常な環境の中で育てられない限り、たとえば一日中、テレビの前で座らされているといったような、そんなことがない限りは、子どもの喜ぶもの、興味を持つもの、親との関係などは、時代が変わろうとも、基本的なものは何も変わらないと思います。
『母の友』は、他の子育て雑誌と一線を画しているように思いますが?
福永: そのときそのときの編集員によって編集方針は違ってきますが、最近、読みやすさや楽しさを出すようにリニューアルしました。
それから、以前の編集方針は、「子どもをまっすぐに育てていく。そのためにどうすればいいのか、それを探していく」というものでした。いわば、子どもにとって何が大切か、という一貫したものがあったのです。
今は、ノウハウではなく親が自分で蓄積したものの中から自分で判断していけるような、そういう力をつけてあげたいと思っています。
マニュアル的な子育ての方法は、けっこうどこの雑誌でもやっています。それはそれで役に立つこともありますが、マニュアルだけに頼っていると、それとは違った場面や事に遭遇したときに対処ができなくなります。子育てには、思いもかけないことがいっぱい起こりますからね。
溢れる情報に振り回されることなく、自分の足場をちゃんとつくる。そのためには、母親が「何が大切で何が必要なこと」か、自分で判断する力を持つことだと思うのです。
その判断力をつけさせたい、というのが『母の友』のねらいです。
そのため、どうしても文章が多くなってしまうのですが、なるべく専門用語や外来語は減らし、使わないように心がけています。
外来語を減らすというのは、どういう意図ですか?
福永: たとえば、ワーキングマザーという言葉があります。働く母親と言えばいいのにわざわざ外来語に言いかえて、マスコミなどがこぞって使っています。言葉だけが先行して、ほんとうに意味がわかっていない場合もあるし、イメージだけができあがっている場合もあります。
実際に自分たちでものを見て、自分たちの言葉で表現したい。そういう意味で、なるべく外来語は使わないようにしています。
そういえば、子育て雑誌でも横文字が横行してますね。トイレトレーニングとか。
福永: おむつはずしでいいと思うのにね(笑)。何か、言葉を変えるってことの意味には、イメージを変えたりあたりをよくしようという意図を感じます。子育て全体を、あるイメージで切り取ってるような印象を覚えます。そういうのは避けたいですね。
そういう意味では、『母の友』の場合は、イメージでさっと入ってくるわけではないので、読まないとわからないですね(笑)。
いろいろな子育て雑誌を見て感じるのは、お母さんの立場に共感するという意味ではいい役割を果していると思いますが、ともすれば同じ立場同士の慰めあいに終わってしまうような印象を受けます。
福永: そうですね。年齢や立場が違うとなかなかわかってもらえないことが多いので、子育て雑誌のような場があると、とても安心できると思います。けれども、同じ仲間同士の慰めあいに終わってしまうのは、ある意味、成長がありませんよね。きちんと言わなくてはならないことがなかなか言えなくて、お互いに簡単に共感し合ったり、相手の不満も無条件に受け入れてしまう。そういう馴れ合いに陥ってしまう怖れはあると思います。
小さい子を育てているお母さんは、今だけしか見えないと思うのですが、ほんとうはその先も見ている方が正しく子どもをとらえることができるんですよね。そのためには、やはり経験者の目を通していろいろなことを知っていかないと、誤ってしまいます。
それから、子育て経験者の母親だけではなく、父親や子どもを持っていない大人の客観的なものの見方も知っておく必要があると思います。でないと、すべてが許される気になってしまいますからね。
今だけではなく、その先を見越した幅のある子育てを、ということですね。
福永: そうです。私自身、子どもが小さいときは、自分の親世代の人たちの子どもの見方に、ずいぶんと助けられた経験があります。
特に小さい子どもを子育て中の母親というのは、自分の立場に共感してもらうことを一番求めています。けれども、逆に立場の違う人や考え方がまったく違う人の意見で、楽になることや解決することもあります。同じ仲間同士では、悩みがあっても解決することはないし、成長もないのではないかと思います。
『母の友』の特集というのは、そういう思いで作られているのですか?
福永: 立場の違ういろいろな人の考えや実践を載せることで、「これは自分に向いている」「この考え方は自分に合ってる」というように、読者が自分で選択できるように発信しています。そのへんが、他の子育て雑誌とは違う点かもしれません。
それから、これは私の経験からも実感していることですが、子育ての大事な根っこというものは、時代が変わっても子どもがいくつになっても、ぜんぜん変わらないものだと思います。
情報が溢れ返る世の中でこそ、大事な基本的なものだけを掴みとるようなカンみたいなもの、それを養うことが何よりの大切だと思っています。そうすれば、子どもがいくつになろうが何が起ころうが、どんなときでも応用がきくのです。
このへんの発想は、『母の友』独自のものだと思っています。
『母の友』の特集で、絵に関して取り上げたことはありますか?
福永: 絵に関しては、特に取り上げたことはないのですが・・・。以前に、男の子と女の子の絵の違いについてお話を聞く機会があり、その話はおもしろかったですよ。
幼稚園ぐらいの女の子は、ぬり絵のようなステレオタイプの絵を描く子が多いですよね。お姫様やお花とか、太陽があってというような絵です。しかも正面から描いていて、構図もおもしろみがありません。そういう絵を嫌がるお母さんがとても多いのだそうです。
逆に男の子は、そのときに流行っているものを俯瞰図で描く。構図も大胆だし、絵としてもおもしろいものが多い。
でも、女の子のそういった絵は、世界中どこへ行っても共通しているのだそうです。
それこそ、アフリカだろうとアジアだろうと、ヨーロッパの女の子だろうと、みんなお姫様や花や自然を正面から見た絵を描くのだそうです。
それから、やっぱり絵画の世界でも男性優位というか、どうしても男性の感性でものを見たり言ったりしてきた歴史があるのだそうです。それを考えると、女の子の絵の場合も、男性の感性でおもしろみのない絵だと否定されてきたのではないか。そうではなく、自然や身近なものを慈しむ、女の子の特性の中から生まれてきたものだと、そういう目で女の子の絵を見てあげることも大事ではないのか、というお話でした。
また、男の子は形を取るのが上手ですが、色彩感覚が敏感なのは女の子の方なのだそうです。女の子がぬり絵を好むのも、配色を楽しんでいるのではないか、というのです。
逆に、幼稚園・保育園では圧倒的に女性の先生が多いので、自分の好みや感性で男の子の絵を指導していることがありますよね。
淡いきれいな色を使わせたり。そういうのは、男の子にはまったく魅力を感じない絵なのかもしれません。
男の子、女の子、という特性を知ることで、親も楽になるし、子どもももっともっと純粋に絵を描くことを楽しめるのではないかと思います。
無駄なことで悩まない、ということですね(笑)。
福永: そうです。知って理解することで、無駄なことで悩まずにすみます。子育て全般に言えることですね。
最後に、エコムを見てくれているお父さん、お母さん方にメッセージを。
福永: どうか、お子さんたちに安心感を与えてあげてほしい。どんな子あっても、あなたを見捨てないという安心感、そして危険を察知して子どもたちを守ってあげてください。
といっても、子どもが安心して過ごせる環境を整えることに一生懸命になるのではなく、どんな環境でも生きていけるような力を養うことが、いろいろなことがグルグル変わっていく今の世の中では大切なことだと思います。
無菌状態の中で子どもを育てるのではなく、多少のことが起こっても自分なりのやり方で生きていく力をつけてあげることが大切だと思います。
理想の子育てはありません。100%楽しい子育てなんかありえないのです。苦しいことも辛いことも含めて、すべてが子育てなのですから。
環境を整えるよりも、どんな環境でも生きていける力を、というご意見にはまったく同感です。とかく親は心配のあまり、先回りして子どもの環境を整えることに必死になってしまいがちですから。また、子どもにそういう力をつけさせるためには、親は一歩下がって黙って見守る余裕も必要になってくるのでしょう。私も、福永さんのこの言葉は胸に刻み込んでおこうと思います。
本日はどうもありがとうございました。
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