 |
| No.4 |
| 落語絵本『ばけものつかい』(クレヨンハウス) 作:川端 誠 |
 |
 |
 |
 |
子どもの頃、車で出かけるたびに父親から、カセットテープに録音された落語をカーステレオで聞かされた。
実際には父親が趣味の落語を車の中で聞いていただけなのだが、子ども心にそれは、まさに聞きたくもないのに聞かされていた、退屈な時間以外の何ものでもなかった。
落語はいつも、最後にもったいぶったひと言があって、「おあとがよろしいようで」と、テンテケテンテケお囃子と供に終わる。
その部分に来ると、父がいつもへらへらと笑っていたのを思い出す。
爆笑というのとも違う。子ども心にそれはへらへらとした笑いにしか見えなかった。
さて、そんな私もいつのまにか、カーステレオから流れる落語を楽しみに待つようになりました。
何度も何度も聞かされているうち、ついに子ども心にも落語のおもしろさがわかったとみえます。
最後のオチを今か、今かと待つようになり、そこにいくまでの物語の世界を楽しむ。
わかっているのに、いや、わかっているからこそ、何度も何度も繰り返し、その世界観にひたる。
あれ、これって何かに似てる・・・。
そう、まさに子どもにとっての絵本です。
とある大きなお店のご隠居さんが、奉公人の久蔵さんをつれて引越しをした先は、おばけ屋敷とうわさの高い、古い大きなお屋敷でした。
おばけ屋敷なんてとんでもない、旦那さまの人使いの荒さにも耐えられる久蔵さんでしたが、ばけものだけはかんべんと、おひまをとってやめていきました。
困った、ご隠居さん。
「ばけものやしきだなんて、ほんとに出なかったら、久蔵にやめられただけ損だ」なんてぶつくさ言ってます。
そうこうするうちに、なにやらこう、ぞくぞくとしてきます。
と思ったら、そこに現れたのはなんと、一つ目小僧。
ふつうの人だったら、ここで「出た〜!」と、大騒ぎをするところですが、このご隠居さん、恐がるどころか逆におもしろがるしまつ。
それどころか、「ちょうどいい。久蔵にやめられて困っていたんだ」と、いいように一つ目小僧をこき使います。
やれ、米をとげ、それが終わったら飯たきだ、肩をもめ、ふとんを敷け。
さんざんこき使ったあげくに、「今日はもう、いいよ。明日はもっと早く出てきておくれ」とのたまう。
次の日の夜、またも現れたばけものは、今度はろくろっ首。けれどもご隠居さん、恐がるどころか、またもやろくろっ首をいいようにこき使います。
こうして出てくるばけものをいいようにこき使って、やりたい放題のご隠居さんでしたが、やがて・・・。
さてさてこのオチはどうなる?
それは読んでからのお楽しみ。
落語を聞いているとこれは絵本になりそうだ、という噺がけっこうある、という川端さん。
落語絵本シリーズは、この他に「じゅげむじゅげむ」「はつてんじん」などがあります。
どれも日本人のユーモアのセンスに、あらためて感心させられます。
子どもも大人も楽しめる、愉快な一冊です。 |
 |
 |
 |
 |
|
|