 |
 |
 |
 |
 |
 |
『子どもの絵を通して、子どもの心に近づいてみよう。』 |
 |
| 児童美術教育研究所・小さな原始人 高森 俊 |
 |
 |
|
第ニ回 子どもは、自分で形を発見していく
|
子どもは2歳を過ぎると、鉛筆やクレヨン、マジックなどの硬い描画材料を持ったとき、画面に大きなマルを描くことが多くなってきます。それ以前、初めて描画材料を手にしたときは、点や短い線がほとんどです。
点や短い線は、手に持ったものが何であるかを実験していると考えられています。また、点はリズムが感じられるような並び方をしているのがしばしばで、これは、人間が生まれながらに持っている生きるリズムで、心臓の鼓動などと関係があるのではないかと思われます。
原始的な音楽は、多くが物をたたいて音を出しています。
鉛筆を握り、たたきつけるように点を打ち続ける彼らの真剣な表情は、同時に楽しい顔にもなっていきます。
大きなゆったりとしたマルは、毎日、変化をし、進化していきます。マルが二つになったり、三つになったり、スピードのある線になったり、ゆるやかな楽しそうな感じになったりします。
あらゆる変化は、「自分の意志」による研究を、絵の上でしているのです。
このころの大きなマルは、母と子の関係が安定し、毎日を楽しく過ごし、母親を中心とした家族に自分が愛されていると子どもが感じているときに描かれるようです。
このようなとき、子どもは心が安定しているので、本来持っている探究心が活発になります。家の中でも外でも、保育園や幼稚園でも、目の前に少しでも見慣れないものがあると、目ざとくそれを見つけてそれを使って遊び始めます。これは、遊びというより研究といった方がよいでしょう。
3歳前後になってくると、マルの中に2個か3個のマルが入ってきて、人間の顔のように見えてきます。これは描いている間に、顔らしきものを発見したのでしょう。自由に絵を描いている間に発見していく。このことは、子どもを喜ばせ、より意欲的に絵を描くことに集中させる力になっていきます。絵を描くことによって育った集中力は、他のものに向かったときも発揮されることになります。
また、不透明水彩絵の具で18号ぐらいの太い筆を使って絵を描いても、同じようなことが起こります。描かれたマルは一つのこともあり、二つや三つ、それ以上の場合もあります。また二重にも三重にも、もっとたくさん重なっていることもあり、複数の色を使うこともあります。
絵の具のドロリとした感触と、はっきりした原色の色は、子どもの原始的な感情を刺激して小手先で描くのではなく全身で描きます。大きな画用紙の上だけでなく、画用紙の外の床にまで広がって描く子どもが何人も出てきます。
自分の手から体までも、画用紙の延長になることもしばしばです。水遊びに限りなく近い絵の具は全身を使わなければ自分の思い通りになりません。
我々、大人の頭の中に概念として固まってしまっている「絵」では、理解できないのは当然のことと言えます。
しかし、その格闘の中で彼ら子どもたちは、何色を選び、どこまで線を引き、次は何色を取るか、腕の力をどうすればうまくいくか、どこで終わりにするか、選択や決断、自己決定、集中力など目に見えないたくさんの精神活動を無意識に行っているのです。
筆とドロリとした絵の具との肉体的・精神的闘争は、その子の探究心と心理的必要にせまられて、2年間も続くことがあります。そのほとんどは、形のない絵です。
それでも4歳ぐらいになると、ときどき形を発見することがあります。
あるとき、4歳になる女の子が、いつもより小さい八つ切りの画用紙に絵を描き始めました。1枚目は、ほとんど黒を使い、バラバラな点と線が描かれました。2枚目は、赤が増えて同じような点と線が3枚、4枚、5枚と続いていき、6枚目からは目や口らしきものが出てきて、最後の10枚目は完全な顔が出来上がっていました。
その顔は、作者の表情と同じような満足感と見た人を思わず笑顔にさせてしまうユーモアを持っていました。
子どもの絵の顔の表情は、作者の心の表情を無意識に表しています。
|
|
 |
 |
 |
 |
|