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連載エッセイ

『子どもの絵を通して、子どもの心に近づいてみよう。』
児童美術教育研究所・小さな原始人  高森 俊 プロフィール

 第三回 「A君の絵から学ぶ」

 M保育園を訪問したのは、12月初旬でした。南国でしたが、さすがに寒さを感じる日でした。M保育園は、もう20年ぐらい前から自由保育を研究していて、1歳児から太い筆と絵の具を使って、自由に絵を描かせています。
 そして絵の中に無意識に表現された心の研究を、熱心にしてきた僕の知り合いの保育園の一つです。
 Fさん(保育士)も、一人ひとりの心を大切に見守り育てていく、子どもの研究と保育に長い間、情熱をかたむけてきた一人です。

 その日もいつもの研究会のように、自分のクラスの子どもたちの絵を4月から11月まで、子ども別、描いた順番に並べました。8ヶ月の間に一人の子どもが描いた絵は、たいへんな数になります。最低でも月に2枚描いたとして、16枚になります。
 少しトロリとした絵の具の感触と色は、子どもの感情に合った画材です。子どもの生き生きとした探究心を刺激するので、(いろいろな心理的理由もありますが)たくさんの枚数を描く子どもは1回に20枚以上、描くことも珍しくはありません。
 保育園の一部屋の床に、足場のないほど並べられた年長(5歳児)クラスの子どもたちの絵。生き生きとした元気さとエネルギーが伝わってきて、見ている我々おとなたちを元気づけてくれます。
(1)の絵 しかし、その中でA君の絵が僕の視線を釘づけにしました。4月からどんどんと元気がなくなり、淋しくなっていることを感じさせるのです。1枚、1枚が、外が冬に向かって1日、1日と寒くなっていくのと同じような感じです。
 8月までに描いた絵は、50枚くらいありました。色はだいだい色、1色でした。形は(1)の絵と、あまり変わらないけれども、8月に近づくほど円は小さくなって力強さがなくなっていきます。
(1)の絵は、5月30日に描いたものです。

 Fさんから聞いたA君の保育園生活の報告では、年長さんになった4月の中旬ごろから、自分より弱い子どもをいじめているところを、多く目にするようになったとのこと。
 棒を持って人を叩く。玩具やその他、物を壊す。友だちが楽しそうに遊んでいるところや、使っている物を足で蹴散らす。友だちをげんこつで殴ったり、足で蹴る。
 もちろんFさんは、A君の変化に気づいたときから、母親との会話を多くして何が原因かを 探ろうとしました。母親の話によれば、A君はお兄ちゃんやお父さんにも暴力的に向かっていくことが多くなったそうです。「でも、私には向かってきません」と、お母さんは言ったそうです。さらに、「来年は小学校へ行くので、算数と字の練習をさせるために本屋さんでドリルを買ってきて、毎日1ページづつ私がつきっきりで勉強させ、終わらせてから遊びに行かせている」と言うのです。
 抑圧によるストレスは、自分の中にしまっておくことはできません。
 暴力の原因はこれだ。

 A君は、4歳児の4月に他の保育園から転園してきました。前の園では、まったくしゃべらなくなってしまい、児童相談所などにも行ったことがありました。でもM保育園へ来てからは、7月ごろまでは友だちと多少のトラブルはあったものの、後半になると友だちとも遊べるようになり、運動会へも初めて参加できて、発表会でも自分を表現できるようになっていたのです。

(1)の絵は、線のほとんどが同じ力の入れ方で、自分の喜びや楽しさの感情が働いていません。自分の意志以外で、したくないことをさせられているときに、よく描かれる線です。
 子どもは遊びの中でも、生活の中でも、いつも自分の意志で行動するときには実験や発見をしています。そのような子どもの描く線は、太かったり、細かったり、スピードがあって喜びが感じられます。また、子どもの絵に表れるマルは、愛情を象徴すると言われています。
 A君はときどき、ひとり言のように「お母さんは、ボクをわかってくれない」と、つぶやいていたそうです。

(2)の絵(2)の絵は、A君が11月6日に描いた絵です。9月になってからは青1色になり、僕がこの子の絵と出合った12月まで続いていました。50枚くらいありました。
 色は、子どもが自分の感情を表現するために、無意識に選ばれます。幼児期の3歳ぐらいまでは、赤・だいだい・黄などの明るい楽しい暖色系の色を多くの子どもが好みます。そして、単色で描かれることが比較的、多いものです。
 A君の絵の、だいだい色から青色の単色への変化は、おとなでも大きなショックを受けると、「頭の中が真っ白になった、モノクロになった」と思うのと同じなのでしょう。
 絵の中のマルも、どんどんつぶれていき、愛情に絶望的になっていく気持が表現されている、と見ることができます。(1)の絵と比べてみれば、線を描く手にも力が入っていないことがわかります。全体からは描こうとする意欲すらも失いつつあるように思えます。それでも、保育園での生活(自分の意志で遊べる雰囲気)が、つぶれたマルでも少しは大きく描かせているのでしょう。
 お母さんにFさんは、何度もA君の心理状態や保育園での生活などを話しましたが、強制的な勉強をやめさせることはなかったと聞きました。

わずかな勉強を強制したために、信頼感や自立心という、もっと大きなものを失いつつあるのは、たいへん残念に思いました。

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